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自然と調和し”スナホ”に生きる (TUNE店主のブログ)

神戸で「ウツシ®」という整体でもないカイロでもない”生命エネルギー(元氣)の充電”を提供するオフィス「TUNE」の店主が、目からウロコの健康情報や、ちょっぴりスピリチュアルな話まで幅広くお伝え

未来を担う子供たちにとってより良い社会を!

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タイトルが選挙風になってしまいましたね・・・( ;∀;)笑

 

本日は定休日なのでブログをお休みしようと思ったのですが、

 

何と、すでに30日以上連続で休まず更新しているので、

 

今日も一つだけ、書きたいと思います(^^)/

 

 

「常識」について。

 

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私は「常識」という言葉があまり好きではありません。。

 

皆さん、小さいころから親や周りの大人に「これが常識」だと、色々と刷り込まれませんでしたか?

 

その時どんな気持ちになりましたか?

 

理由を聞いても、「これが世間の常識なの」と一喝されませんでしたか?

 

幼心に納得いかないまま、その常識とやらを押し付けられた苦い経験が、少なからず誰にもあると思います。

 

では、「常識」とはいったい何でしょう? じっくり考えたことはありますでしょうか?

 

さぁ、一緒に見ていきましょう(^^♪

 

まずは、辞書によると・・・

 

普通、一般人が持ち、また、持っているべき知識。専門的知識でない一般的知識とともに理解力・判断力・思慮分別などを含む。「―のない人」

 

だそうです。 

 

 これでは「常識とは何か?」を定義したとはとても言えませんね。

 

何が、辞書の言う一般人が持っているべき知識なんでしょう?

 

そもそも、年齢や人種、性別や住む場所によっても変わってきますね。

 

それどころか、同じ地方に住む同じ年齢の人どうしでも「常識」は異なるはずです。

 

つまりこの世に「常識」など存在しないのです!それは幻想です!

 

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常識という言葉を発する人がいれば、それはその人の過去から積み上げてきた「偏見」そのものであると言えます。

 

人間は皆、何かを判断するとき「先入観」と「価値観」という自己の(歪んだ)フィルターを通して物事を見て判断します。

 

例えば、目の前にはさみがあったとしましょう。

 

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日本では、ほとんどの人が”はさみ”という紙や髪などを切る道具だと認識するでしょう。

 

しかし、文明と完全に切り離された辺境の村みたいなところで聞くと、色んな答えが返ってくるでしょう。はさみだと認識する人は恐らくいません。

 

つまり、目の前にある物体を過去の自分の経験や知識に照らし合わせて、「何か」ということを判断しているのです。

 

では、過去の経験や知識というのは、どこから得たものでしょう?

 

学校や家庭、TVや本などからがほとんどでしょう。

 

では、その情報の発信源は果たして100%正しいのでしょうか?

 

100%正しいはずはありませんし、子供は親の偏見によって育てられますので、ある意味、間違いだらけであり、偏見だらけともいえます。

 

そんな私たちが、「常識」という実態の伴わない言葉を使い、他者を否定したり非難するのは、とても滑稽なことなのです。

 

とくに、日本では大多数に従わない者を認めず、弾圧しようとする風潮がありますので、この点私たち日本人は特に肝に銘じなければならないと思います。

 

常識を疑い自己を疑い他者の声に謙虚に耳を傾けないかぎりは、物事の本質は観えないでしょう。

 

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正直、今の日本の社会に、息苦しさを感じている方も多いと思います。

 

他者の目を気にしすぎるあまり、本来の自分を見失ってしまっている人も多いように見受けられます。

 

本来、日本人はとても頭が良く、調和性に富んだ素晴らしい民族だと思います。

 

「個性を認め、受け入れる」柔軟な姿勢を取りもどせば、あっという間に今の日本社会に立ち込めるギスギスした、重苦しい空気を変えてしまう力を持っているはずです!

 

今こそ、私たち大人は、未来を担う子供たちの為にも、しっかりと自分自身を見つめなおし、大人の事情優先の社会を反省し、より良い社会を目指ざす時だと思います。

 

少しでも、未来を背負う子供たちが伸び伸びと、そして活き活きと暮らせる、許容性のある明るい社会が実現するといいですね(^^)/

 

そのためにも、私にできることは唯一ひとつ、私自身が変わることだけなので、謙虚に自身を反省して観つめなおしたいと思います。

 

ではでは、また明日♪